ミシン掛けやカシメでとめる作業やヘリ返しなど、
色んな人が量産品のカバンを作っています。私が見てきたのをひとつずつあげますと、

東成区で60代のおばあちゃん2人にハンドバッグを作っていただいてました。
畳の床の上のところどころにビニールを敷いて
その上に『糊付け機』や『ミシン』や『切り株』がありました。
その仕事場の中をポメラニアンが1匹
ウロウロしています。
ワンワンワンと聞こえたり、ヘリ返しをハンマーで圧着するので
ドンドンドンと聞こえたり、ミシンがけの音が
バタバタバタと聞こえたりしていました。

奈良県の老夫婦もハンドバッグを作っていただいてました。
毛が長い雑種犬を飼っていて、
家の中でしょっちゅう毛をかきむしっていたので、
でハンドバッグの縫い目に犬の毛がよく絡まっていました。

生野区には、
ミシンや漉き機を持っているおじいちゃんが1人でやってました。
家の2階に仕事場があり、
こんな狭い階段をどうやってミシンを上げたんだろう……
漉く必要のない箇所を
わざわざ漉いて手間を掛けているのに、
『時間がかかるからしなくていいよ』って言ったけど
「この方が早い!」と言われちゃいました💦
…んな訳ないネン

また生野区です。
平野川沿いの平屋で、夫婦2人でやってました。
『ヘリ返し』の作りの部分を『縫い返し』にして
バッグを作っていたのを見て衝撃を受けました!
仕上がりまでの時間が極端に短い!

他のところの話を続けたいのですが、
その前に、
大阪市の生野区や平野区はバッグを作るインフラが整っていました。
縫製には欠かせない『糸屋』がありそこで、
糸はもちろん、両面テープやハンドルに使う芯材、ミシンオイルも取り揃えています。
他に、
金具問屋があり、裁断屋、生地問屋、テープ加工屋、金型屋があります。
インフラが整っているからなのかは分かりませんが、
バッグの縫製をしてくてる工場さん
いわゆる『職場さん』も生野区や平野区にはたくさんありました。

『職場さん』は夫婦でバッグを作っているのがほとんどでした。

自宅を仕事場に使っているケースが多く
狭いお家ですと、
山積みのバッグの横にちゃぶ台があり生活感タップリの環境下で
量産品が仕上がっている事も多くあるんですね。

30年くらい前までは縫製の仕事だけで生活が出来ていたんだと思います。
職場さんの中には3階建ての一軒家の1階を仕事場としている職場さんも
何軒かありました。

お母さん1人で3人の子供を育てた人もいました。

ですが今はどうなんだろう……

どこかメーカーさんの下請けでされている職場さんは、
生活が出来るのか!?

私がバッグを作っていただいた職場さんは、
ほとんどが60代でした。
それ以外は50代と70代

この頃の私は30歳になったくらいだったので、

少なくても30年は働かないといけません。
この先、
生産者さまである方々が80歳や90歳になっても
かばんを作っているのか!?
って思うとアカン想像しか出来ませんでした。
こんな話はいくらでもありますが、
本当に長くなりましたので、この辺にしておきます。
長々と読んでいただいてありがとうございました。中村保義